磯の王者『石鯛』への挑戦

Gamakatsu

磯の王者『石鯛』への挑戦
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磯の王者への挑戦
磯から石鯛を釣るという事
数ある魚釣りの中で、石鯛釣りほど格式高い釣りは他にないのではなかろうか。およそ石鯛という魚の存在を知らないものは釣り人にはいないし、難攻不落なターゲットであることは誰もが認めるところであろう。
何が石鯛釣りを難しくしているのだろう。沖合いの海に面した磯ならびに沖堤防に釣り場が限定されアクセスが容易ではないことだろうか。高額で専用のタックル一式をそろえる必要があることだろうか。1日に1度も訪れないであろうアタリを待ち、揺れない穂先を見続ける忍耐を強いられるからであろうか。ウニ、サザエ、オニヤドカリ、イセエビ、アカ貝といった高額なエサをふんだんに用意する必要があるからであろうか。未熟な釣り人が思い付きで釣ってみようというような魚でないことに異存はないであろう。
道具立ても独特なら釣り方も独特で、専用の竿掛けに置き竿し、小さなアタリはすべて見送る。穂先がずいぶん曲がりこんでもまだまだアワせてはならない。では、いつアワセるのか。ちょっと釣り歴の長い人なら石鯛の3段引きは聞いたことがあるに違いない。アタリがあっても反転して完全に走るまで、つまり、いよいよ竿の根元まで曲がりこむまで釣り人はアワセてはならないのである。
まさに王道。
そのスタイルは、40年以上も変わることがない。魚釣りの道に足を踏み入れたものなら、いつかは挑戦してみたいターゲット、それが磯の王者『石鯛』にほかならない。
『石鯛野郎』早田昭浩と最初の石鯛
早田昭浩、55歳。生まれも育ちも佐賀県の九州男児である。19歳で石鯛釣りの道に足を踏み入れ、以来、わき目も振らず、石鯛一筋36年。その昔、『1枚の石鯛を手にするためには100万円、いや200万円掛かる』といわれたものだが、例にもれず、早田もまた最初の1枚を手にするまでに丸1年の月日を要したという。ただし、その最初の1枚がデカイ。
「68㎝もあったんですよ」
一般に、一生に一度は超えてみたい大きさが60㎝ないし65㎝といわれ、70㎝ともなれば幻そのものである。その70㎝にあと2㎝までせまる大物を最初の1枚目で釣ってしまった。それも20歳の若者が。
「その話にはおまけがあって、忘れもしない1月3日のことだったんですが、初物だし、大物だし、1年も苦渋をなめ続けた先での獲物だったので、さばいてお祝いしようってクラブの会長がいってくれたんですよ。それがまさか、ストリンガーから逃げちゃいまして」
誰しも最初の1匹にはそれなりの想い出があるものだが、とんでもない大物に逃げられたおまけつきでは、忘れようにも忘れられない。
「その最初の1枚を超えるまでに、実に30年の時間が掛かりましたからね。まぁ、あの日、ストリンガーから逃げられていなかったら、いまごろ石鯛釣りはこんなに長く熱心にはやっていなかったかもしれませんね」
75㎝オーバーの銀ワサと呼ばれる
石鯛を釣る夢
とはいえ。とはいえである。早田の自己記録は、と問われれば「73.3㎝ですね」という答えが返ってくる。さすがというか、やはりというか、早田ともなれば、その壁は超えてくる。
「僕個人の目標でいえば、年間5枚の60㎝オーバーですね。とはいえ、クリアできる年もあれば、なかなか届かない年もあります」
毎週、欠かさず石鯛釣りに行く早田にとって60㎝が5枚。これが年間のノルマとして自分に課すテーマとなっている。
「ひとつ、こだわりがあって、銀ワサと呼ばれるオスの石鯛を釣りたいんですよ。石鯛ならなんでもいいんじゃなくて、オスの石鯛が釣りたい」
オス? 銀ワサ?
早田
「オスの石鯛は、シマシマの模様が消えて銀褐色のボディにイカツイ顔をしている。しびれますよね。カッコイイ。獰猛なんですよ。竿の舞い込み方も半端ないですから」
メスはシマシマが消えず、穏やかな顔をしている。性格が顔に出るのか、メスは大人しくオスは激しく強いアタリを出す。とはいえ、釣り分けることは難しいのではないだろうか。
早田
「使うエサである程度、釣り分けは可能です。例えば、ウニ・ガンガゼは僕は使いません。あれはメスの石鯛が好きなエサなんですよ。ウニの精巣・卵巣はメスが好んで喰う。あとはイシガキダイ」
そうすると、どんなエサを早田は使うのだろうか。
「サザエを中心に、ヤドカリ、トッポガニ、アカガイといったところですかね」
エサでオスとメスの釣り分けがある程度、可能。
「ただ超がつくほどの大物に関しては、メスが多い傾向にあるんで、そういう意味では75㎝の銀ワサなんていったら、一生をかけても出会えるかどうか」
対馬という国境に浮かぶ石鯛フィールド
75㎝の銀ワサ。そのわずかなる可能性にかけて、訪れたのは対馬。石鯛師にとって、対馬とはどんなフィールドなのだろう。
「実は、70㎝をはじめ、かなりの大型が出ているんですが、なかなか情報が出回りにくかった、という話を聞きました」
福岡からフェリーで5時間かかる対馬であるが、韓国の釜山から対馬までは船でわずか1時間10分の距離になる。韓国の磯釣り熱は高く、かなりの釣り客が訪れていて、専門のコーディネーターまでいるという。必然的に、渡船も韓国人優先、韓国人専門といったケースも珍しくない。ほとんどがチヌ、グレ狙いだが、一部、石鯛狙いの人もいる。釣り人のレベルはまちまちでうまい人もいれば、伸び盛りの人もいる。そんななかで、60㎝は当たり前、直近で70㎝オーバーが上がったという話もあった。
「コロナの影響で客船が運休していて、釣り場を休ませることができたからかもしれないし、まだまだ手付かずのポイントが多いのかもしれないし、フィールドが圧倒的に豊かなのかもしれない。あと、韓国向けに養殖していた石鯛が養殖網を喰い破って数千匹(数万匹?)が逃げ出したなんて話もあります」
釣果は尾ひれもなく本当の話。その他に関しては、想像や期待、都市伝説ならぬ離島伝説も含んでいるかもしれない。だが、渡船屋の船長もいう。
「まだまだ対馬では渡船で渡していないような磯はたくさんあるし、貝取りの素潜り漁師の話だと、大きな石鯛はたくさんいるそうですよ」
荒天という悪条件。荒れ狂う海に石鯛は舞うか
およそ凪の海が多くなるのが4月という季節のはずである。夏に向けて、穏やかで暖かい日が多くなる。それでいて暑すぎず、磯で1日過ごすのが苦ではないとある春の1日。ちょうど乗っ込みの石鯛のハイシーズンにあたり、狙いすましたタイミングでの釣行のはずであった。
だが、ウィンディーの風予報で島が真っ赤になっていた。
「これ、飛行機が飛ばないかもしれんですね」
急きょ飛行機からフェリーに変え、そのフェリーもかろうじての出航だったのだろう。同じ港から出る五島行きの船は欠航していた。予定より大幅に遅れて厳原港に到着。揺れに揺れたフェリーから下船したものの、釣行前であるにも関わらず、皆、寡黙である。
「こんな日にあがれる磯があるのだろうか」
そう、思ってしまう。だが、対馬は大きい。大きいゆえに風裏があちこちにあり、かなりの風が吹いても釣りをすることはできるという話だった。
釣りは成立するという話であって、風が吹かないわけではないのだと、渡船先で気づいた一向。
時間が立つごとに風が吹き荒れ、海面は風波がたっている。風が吹いたせいもあろうが、渡された磯は比較的、なだらかで浅めの地形に見える。
早田
「荒磯、という感じではないですね。これが対馬の石鯛ポイントなんですね」
遠投スタイルの石鯛が得意な早田
石鯛釣りの作法として、手持ち、置き竿、遠投の3種類があり、それぞれ竿の特性も仕掛けも異なる。早田はどうやって攻める戦略で臨むのか。
「今回は、遠投しか持ってきていません。遠投モデルであるグランドターナーとレギスⅢの遠投用だけ持ってきました」
早田自身は、手持ちも置き竿も得意とするが、こと記録級の大物に狙いを絞るのであれば、断トツで遠投だという。
「遠投は、関東勢が得意なスタイルになります。手持ち・置き竿が多い九州では少数派で、遠投はプレッシャーの低い沖のシモリやかけあがりを釣るので魚がスレていないし、手付かずの魚であればデカイ。最大級を狙うなら、遠投に分がある。」
早田は九州出身・在住である。だが、石鯛道を極めんとする早田は、23~30歳までの7年間、関東に移り住み、関東の置き竿釣法・遠投釣法を学んだ。
「あー、いや、まぁ、そうですね。うん。修行しました。目的と手段は逆だったかもしれませんが、結果は、そう、遠投釣法を身につけました」
7年の月日を遠投に費やし、遠投の何たるかを身に着けた早田。
「めったにエサの入らない場所を探れることのメリットは大きいですよね。そのかわり手持ち・置き竿のように撒き餌を投入し、群れを集めたり、活性を上げたりすることはできない」
遠くに飛ばす技術、底の地形を読み取る技術、同じ場所にエサを入れる技術、待つ時間、アワセのタイミング。遠投には遠投の技術がある。早田の仕掛けはテンビン仕掛でオモリは50号。釣友・一番ケ瀬が鉛を流し込んでつくるオリジナルオモリを使用している。
「一般的な六角のオモリよりも平べったいでしょう。回収時、底を切った時に浮き上がりやすいので、回収途中の根掛かりを防ぐことができます」
ハリはがま石18号。ハリスが特徴的で、細く短い。
「ワイヤーハリスは絶対条件ですが、できるだけ柔らかいハリスの方が食い込みはいいです。7×7ステンレスワイヤー#45を使用し、15㎝にしています。短い理由は、飛行中も含めて絡むことを防ぐためです」
サザエオープナーをサザエの蓋の横から刺しこみ、クルクルとサザエを回すとするりとサザエの中身が抜けてくる。
これをそのまま三つ、ハリにかけて投げるのが基本中の基本。
早田
「赤身の部分が硬いんですよ。よくいえばエサ取りに取られづらい。悪くいえば硬すぎで喰い込みが悪い。ふつうは、この3個掛けで大丈夫なんですがね。喰い込みが悪い時には、上ふたつは白身だけのサザエにするとか、状況によって赤身の量を微調整しますよ」
その調整をしやすいように、粒の小さいサザエを好む。
島と島の水道を狙うも、穂先は揺れず
「いい場所に入っていると思うけどなぁ」
島と島の間を流れる水道の深い場所に入れ、急なかけあがりの起点から2段上に上げたポイントに入仕掛けを置く。かけあがりの中段くらいのイメージだろうか。風で揺れる竿先に生命感はない。いや、小刻みで硬質な揺れに思えるものもあった。仕掛けをあげてみると、たしかにサザエの柔らかい白身をかじられている様子がある。
「エサ取りでしょうね。イシダイがかじると赤身が残っていても噛んだガムのようになっていたり、明らかにかじりとられていたりするんですが」
大きなドラマもなく、1時を迎えた。場所移動で干潮になると顔を出す沈み瀬に乗った。
現地では浮き瀬と表現するようだ。満潮時には乗れないポイントだけに、いいポイントなのは間違いないのだろう。だが、外海の荒磯の石鯛釣りに慣れた底物師にとっては、面食らってしまいそうなほど、穏やかな内湾のポイントである。当然ながら、かなりの実績はある。しかし、まずは地形がわからないゆえに、遠投し、地形を探る。
早田
「これ、すごく深いですね。足元でも水深30mくらいある。あぁ、でも、沖に根とかはないですね。足元の岬状の瀬がポイントになりそうです」
どんな場所でも飛ばせばいいというものではない。遠投に向くポイントは、遠浅のポイント。遠浅といっても石鯛なりにという前置きは必要だが、足元からドン深であるよりは、遠浅の方がいい。理想的な水深は投げた先で水深10m。そういった地形の場所が対馬には多いと聞いていたが、この渡船区では足元から深いポイントが他の地域よりも多い。
早田
「こういう足元から20m、30mもあるような場所だと、遠くに投げるメリットはあまりないですよね。シモリがあれば別ですが、この場所に関しては沖に根が見当たらない。ちなみに水深に関しては、大げさにいえば1mもあれば石鯛がいる可能性は十分にありますよ。石鯛の体高が30㎝だとすると、60㎝で体高の2倍ですから泳ぐことには何も問題がない。そういう場所は竿抜けになっていて、びっくりするほど浅くてよく釣れるポイントもあります」
岬状に突き出た沈み瀬の真上に立ち、正面、左右に1投ずつ投げ底を引きずる。早田の遠投力があってこそ届かせることができる沖には、残念ながら目ぼしい瀬がなかった。足場となる瀬が作り出すかけあがりの始まりのあたりに仕掛けを落ち着かせる。
「仕掛けが入っているのは目の前ですよね。10mくらいの場所。それなのにリールのカウンターは40を指しています」
足元から深い場所を探ることが多い石鯛とはいえ、30mもの深場となるとかなり深いポイントに違いない。
「このかけあがりのどのタナに石鯛がいるかですよね。冬ならば底付近でいいとして」
乗っ込みシーズンである5月の前後ともなれば、浅い場所に石鯛が上がってきている。だが、この日は急な冷え込みで石鯛の活性が低いに違いない。
深場に仕掛けを落ち着かせはしたものの、中段も気になる。そのピースを埋めてくれる存在が相棒の一番ケ瀬氏である。
20年もの間、週末となれば常に早田と釣行を共にしてきた釣友。年間釣行回数30回超、日数にすれば70日を超えるだろうか。もはや、会話をせずとも阿吽の呼吸で仕掛けを中段に置く。トップクラスの石鯛師がふたり、その可能性を一つずつ潰していく作業は、答えへたどり着くまでの時間が早い。
穂先のクローズアップ写真でも撮ろうかと構えたカメラのファインダーから、一番ケ瀬の穂先が消えた。
「これは石鯛だ」
確信をもって、早田、一番ケ瀬、そしてテレビクルーの視線が注がれる。置き竿から手持ちに替え、大きく上下した穂先が抑え込まれ、勢いよく走り出した瞬間、強烈なアワセが決まり、レギス遠投が絞り込まれる。
「大きくはないですけど・・・」
渋い日に1枚がもたらす情報は大きい。
早田
「ヤドカリ、カニにはアタリらしいアタリがなくて、サザエは喰い込みが悪い。ジンガサにしたら、ちゃんと竿が舞い込みました」
ジンガサはサザエよりも柔らかいエサ。剥き出しの内臓の集魚力も高い。
早田
「いつも柔らかければいいというものではないんです。エサ取りに取られやすくなります。そのエサ取りがほとんどいないし、石鯛の活性が低くてサザエの白身は喰うけど、赤身には執着してくれない」
そこでジンガサが登場。この作戦があたった。
「とはいえ、サイズはいまいちですよね。それだけ厳しいんでしょうね」
軟らかいエサと中段のタナ、そこまでの答えがわかったものの、肝心の時合いが続かない。その一枚を最後にアタリが遠のき、1日目を終えた。
2日目、沖に面した1級磯で穂先が叩いた
翌朝、鉄板と思われる沖向きの磯に渡礁した。
「石鯛らしい石鯛釣り場ですね」
遠投し、探りながら底の形状を把握する。足場から斜め沖へキャストした50mほど沖にシモリがあった。
「カウンター555」
早くも1投目から穂先が大きく揺れ、曲がりこむ。
早田
「おぉ、これは石鯛ですよ。間違いない。舞い込め、舞い込め、舞込め」
グググゥと竿が大きくしなる。しかし、そこで舞い込めず、無情にも穂先が跳ねあがる。
「あぁ・・・小さいんでしょうね」
地域や潮まわり、潮の向きでも異なるのだろうが、対馬では朝まずめに喰いが立つことが多いらしい。最初のアタリは激しかったものの、喰い込まずアタリが途絶えた。次のアタリは1時間後。それくらいのペースで石鯛と思われるアタリは出ていたが、舞い込むまではいたらない。やがて昼が近づくにつれ、時折、竿先を叩くアタリはあるものの、到底、舞い込むようには思えないものに変わってしまった。
水温が下がっているんでしょうね
本来の対馬のポテンシャルはこんなもんじゃないはずです
最終日、沖向きの遠投場に散る
波が低いからかろうじて渡せるという沖向きの足場のフラットな磯。ここが初戦最終日の最後のポイントとなった。足元から深い場所ではなく、沖合50mほどのところに根があり、そこに仕掛けを置いた。
「中遠投ですね」
石鯛らしきアタリはあった。だが、結論からいうと、この日も石鯛を手にすることはできなかった。
「やれることはやり切りました。ただ、不甲斐ないだけです」
釣れなかった理由は挙げればキリがないのかもしれないが、早田に言い訳はない。
リベンジマッチにまさかの暴風雨
早田らが対馬を後にしてから、対馬は穏やかな日が続いた。その間、どうやら石鯛は釣れていたらしい。だが、ふたたび早田が対馬を訪れる前日、まさかの暴風雨である。
「とんだめぐりあわせですね」
なんとか対馬というフィールドで石鯛の顔を見たい、と釣り場にこだわった釣行であったが、今度の風向きでは、風裏が少なく渡せる磯がいくつもないという。
「潮色が悪いですね。菜っ葉潮です」
青黒いような透き通った黒潮奔流の流れがベストな潮色だとすれば、まるで河川の水でも流れ込んだような白緑に濁った潮は、海の魚には好条件とはいえないだろう。
「とはいえ、釣れないわけではないですからね、菜っ葉潮でも」
よくは釣れないが、まるで釣れないわけではない。なによりも、今日この日、この場に立った以上は不退転の覚悟をもって挑むしかないのである。
だが、揺れない。
はじめて人を乗せたという磯であり、かなりの水深をようしていたが、穂先がまるで揺れないのである。
早田
「また、水温が下がったんでしょうね。さすがにヤバイ」
早田の顔が曇る。
離島の天気は目まぐるしく変わり、不安定で暴力的である。しかし、思ったよりも天気が後ろ倒しになっているのか、風は思ったほど吹かず、何より雨がない。TVクルーがいるだけに、なんとか晴れているうちに勝負をつけたい。2時間ほどでポイントを見切り、灯台下へ瀬替わりした。この場所では、少なくとも穂先は激しく騒がしく揺れる。
早田
「ここでなんとか勝負を決めたいですね」
もちろん、釣りたいのはデカ判の石鯛だが、この悪条件下では普通サイズ1枚を釣ることも困難かもしれない。激しく叩く穂先を見て、竿を手に持つ早田。その竿先を海面近くまで送り込んだところで、電光石火の豪快なアワセを叩き込む。
早田
「ちっちゃいな。え?」
上がってきたのはイシガキダイだった。
「対馬で春のこの時期にイシガキダイ?」
地図で見てもわかる通り、北方に位置する対馬は五島や男女群島と比べると、水温が低く、少なくともイシガキダイが春に釣れるケースは少ない。もっともイシダイ科の魚を手にしたことで、イシダイへの期待が高まった。
「とはいえ、喰い込まないですね」
アタリはある。竿は舞い込まない。仕掛けを挙げてみると、サザエの赤身が石鯛の口の形にかじりとられている。
「こうやって赤身がかじりとられるんじゃなくて、ふつうは、赤身をガツガツかじって、ガムみたいにふにゃふにゃになるんですよ」
ジンガサを入れるとアタリが増え、鮮明になった。しばらく竿先の揺れを眺めた後に、仕掛けを回収すると、ジンガサがまだ残っている。
「ジンガサというのは、喰い込みがよく柔らかくエサ取りには弱いエサ。それなのにあれだけアタリがあって、まだ、こんなに残っている。悪い方に向かってますね」
その翌日は暴風雨。無理やり船を出してもらったが、まもなく風向きが変わったところで、暴風・豪雨で波も高くなり、早々に撤収した。
人生でもっとも記憶に残る1枚が必ずしも記録魚とは限らない話
もはや技術で語られるべき1枚ではないだろう。最終日、ロスタイム3時間。強風をよけられる湾奥にほど近い地磯にて早田は竿を構えた。レギスⅢ遠投からレギスⅢくわせに持ち替え、竿掛けに竿を置かず、手持ちにしたその穂先に鋭い視線が注がれる。
ククッと小さく引き込むアタリがでた。石鯛であることを確信し、引き込まれるたびに竿を送る。やがて水面近くまで送り込んだところで止めたのか、止まったのか、しばしの沈黙。さらに水面に竿が突っ込んでいったところで鋭いアワセが決まった。
のべ日数6日間の沈黙を破り、竿が弧を描く。その弧を保ったまま竿が止まった。確実に魚の重みを竿が捕えている。やがて海面から現れたのは、まぎれもなく石鯛であった。
複雑な表情で石鯛を見つめている。よもや60㎝を超えた石鯛にさえ、さほどの感動も無くなっている早田である。
「うれしかぁ。もう、泣きそうバイ」
ボウズが続いたことが辛かったのではない。
TVクルーや渡船屋さんをはじめ、応援してくれる多くの人の想いを形にできなかったことが悔しかったのだ。
この一枚があれば、なんとかドラマのクライマックスは完結する。
ひとつの仕事をやり終えた早田の目にあふれる涙は、石鯛への感謝か対馬への畏敬か。早田の釣り人生において、これほどドラマチックな1枚は他になかったに違いない。
憑き物がとれたかのように、続く一投、50㎝を超える銀ワサを手にして、対馬を後にした。
後日、三度、対馬を訪れた早田は60㎝の石鯛を手にすることになる。
当日の様子が見たい人はこちら。
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